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場面:明治大学・野球部グランド/季節:昭和18年・夏

いよいよクライン!
テキパキと撮影の準備をするスタッフ、挨拶を交わす関係者、まだ慣れない様子のボランティアスタッフ、カメラを構える地元マスコミ、撮影開始を待ちわびる見学者の方々・・・。
そんな雑然とした雰囲気の中、主演の市川海老蔵さんを先頭に、平山広行さん、黒田勇樹さん、桐谷健太さんが登場!監督やスタッフと挨拶を交わし、撮影がはじまりました。

   

  ■ニックネーム:poko さん

「出口のない海」が、とうとうクランクイン。どきどきの最初のロケです。 朝7時の集合で、メイクさんに髪を整えてもらったり、衣装さんに衣装を着せてもらったり。とにかく初めての体験でした。 撮影自体は10時くらいからの開始でしたが、お天気や、またいろいろな音(踏み切り・電車・飛行機)が消えるのを待ってということが続き、短いカットでも、ずいぶんと時間がかかるのに驚きました。 監督の回りには撮影の直接のスタッフの方が40人くらい、また外部にも40人くらいはいらっしゃったように見えました。 その頂点が監督なんだと思うと、尊敬という言葉しか浮かびません。 帰り道、偶然監督と遭遇。 監督は「どこにいたの?写ったかな?」と心配してくださったのですが、そんなことは全く考えていないので、どうぞご安心ください。 監督のお仕事をされている姿を、この目でみたかったのと、監督の映画作りを肌で感じたかっただけなんです。 本当にありがとうございました。 帰りには、青い空に大きな虹が出ていました。並木さんの投げたあのボールが、こうして虹になったような、すがすがしい気持ちになりました。
 

  ■ニックネーム:おたっきー さん

日石球場。昭和28年に建設されて以来、ほとんど何もしないまま21世紀を迎えた、正に“フィールド・オブ・ドリームス”的な球場。木のフェンス、ボロボロのスコアボード、古いベンチ…。周囲は夾竹桃の木々で覆われていて、本当に味わい深い。その名の通り、日本石油精製下松製油所(今は新日本石油精製下松事業所)の持ち物で、かつては同社のクラブチームが使っていた。日石に野球部がなくなって久しいが、今も草野球や少年野球、近所の子供たちの球場として、今も立派な現役だ。そのレトロさが、今回「昭和18年の明治大学グラウンド」を県内で探していたスタッフの目にかなった。クランク・インの日、試合のシーンで明治・早稲田の両大学野球部員に扮したのは、徳山大学の学生たち。硬式野球の経験がある学生が20人も集まってくれた。だが、2日前の練習ではみんなが長髪。当日は心配した職員がバリカンを持って待ち構えたが、無事、全員が坊主頭で現れた。早稲田の監督役は同大学の元硬式野球部監督で職員の加藤岩夫さん。徳山大はかつて、試合で早稲田大に惜敗したことも。「早稲田の監督役って不思議だね」とは加藤さんの弁。審判役は周南市野球連盟の方々で、三塁の塁審は、よーく見ると、KRY山口放送の福谷貞夫アナウンサー!野球経験を買われての出演で「大勢のスタッフでていねいに撮る映画はテレビ、ラジオとはまた違う味わい」と感動の面持ちだった。

撮影に向けてスコアボードの化粧と台風で壊れていた観客用のベンチを修復したのは、周南市の工務店、徳島工業。社長の徳本さんの娘さんが、実は「カーテンコール」の装飾スタッフだった。「佐々部監督への恩返しです」と社長以下、スタッフも大張り切り。映画では夏という設定だが、実際は秋でシーズンオフだったため、外野は雑草がボウボウ。これを佐々部監督周南応援団のメンバーと地元ボランティアスタッフが2週間かけて清掃した。撮影の1週間前、バックネット裏のスタンド天井に「よしず」が張られると、見事に戦前の球場の雰囲気に。前日、ライン引きをしたのは地元下松市の野球連盟の方と地元スタッフ。当時と現在ではホームベースなどのラインの引き方が違うため、資料を見ながらのライン引きだった。当日、心配された雨も上がり、青空のもと、早朝6時には俳優さん、スタッフ、エキストラの控え室となる、下松福祉センターがオープン。休日にも関わらず、全面協力してくれた。6時半には駐車場の中国電力下松発電所からエキストラの皆さんが約300メートルの道程を歩いて福祉センターに続々と集合!ここでカーキ色の国民服、角帽と学生服、モンペに女学生服など、当時の扮装をして球場に移動した。その数、216人!エキストラ集めには、地元の下松市役所、下松市観光協会、下松ライオンズクラブ、社会福祉法人愛育会、光青年会議所、周南市役所、華陵高校演劇部、明治大OB会をはじめ、たくさんの方々に協力していただいた。また、エキストラの交通案内、撮影中の警備には地元ボランティアスタッフ10人が汗を流してくれた。

お昼過ぎにはエキストラの出演シーンは終了。このあと海老蔵さんがボールを投げるシーンが撮影されたが、午後からは先ほどの青空がウソのように、急に雨空に。撮影も中止され、見守るスタッフや地元応援団も心配顔だが、佐々部監督は「映画界では4時のバカっ晴れっていう言葉があってね。4時になれば晴れるよ」と涼しい顔。すると、午後4時、本当に陽が差してきた。そして、天空には美しい虹が…。無事、撮影も再開し、初日の全日程を終了。これこそ、天候をも自在にコントロールするという、佐々部マジック!!下松福祉センターでは出番を終えたエキストラの皆さんが、衣装を脱ぐのも名残り惜しそうに帰り仕度。そこに、海老蔵さんを乗せたワゴン車が!海老蔵さんは車を降りると、エキストラの皆さんに「ありがとうございました!」ときちんと一礼された。「さすが、一流の役者は違う」と、皆さんからは大きな拍手が!こうして「出口のない海」の撮影はスタートしたのでした…。