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場面:段々畑 /季節:昭和20年・秋
10月23日の日曜日昼近く。 まだ夏の面影を残した油谷町。
初めての映画のロケ取材の緊張からか、それともこの暑さからか、ウィンドーブレーカーの下の肌が、ヤケに汗でべたついていた。
車を降りると目の前には、日本の棚田百選に選ばれた、油谷の棚田が一面に広がる。 そこには自然と一体となった緩やかなカーブが幾重となく連なり、人が創ったとはいえ、えも言われぬ美しい曲線が、なんともいえないデザインを作り出していた。
ワラが燃えた焦げ臭いニオイが、少し鼻につく。 撮影は、すでにはじまっていた。  
刈り終えたワラを燃やし空へと立ち登る煙を、何十メートルも離れた場所からの撮影。 煙の位置が上手くいかないのか、何度も『カット!』の声がかかる。 カメラがまわっている何秒間かの間、棚田に緊張が走り、私のカメラを持つ手が少し震えた。 立ち上る煙は、ホンの少し右に動いた風と共に絡み合い空に登っていく。 その瞬間、『OK!』の声が棚田に響き渡った。  
いよいよ、上野樹里さん演じる鳴海美奈子のシーン。
本番前、入念に監督と芝居のチェックを行い、スタッフの方たちは撮影の準備のため、額に汗をにじませながら畑を耕している。 太陽が、ちょうど頭の上に差し掛かったころ、ようやく『本番!』の声がかかった。 エキストラの方と役者さんとのタイミングが中々上手くいかず、何度となく撮影が繰り返される。
驚いたことに、同じシーンを繰り返し撮影しても、上野さんの芝居が全く変わらない。セリフまわし、顔の表情、手に持つ桑の動き、息づかい・・・・。全てが、巻き戻した映像を何度も繰り返し見ているかのようである。きっと彼女の頭の中では、鳴海美奈子という人物が完璧に作り上げられていて、いい意味で、佐々部監督が描く絵の中の“筆”となり“絵の具”となり、そして時には下書きを薄める“溶き油”にさえなっているのかもしれない。  
棚田に爽やかな風流れ、その風で‘美奈子’の髪がなびく。
『OK!』 思わずスタッフの方達から笑みがこぼれる。

時折なごやかな雰囲気を見せながらも、緊張感漂う撮影は、こうして幕を閉じた。
流れる汗を拭いながら、誰かを思い、黙々と畑を耕していた、上野さん演じる“美奈子”。
美しい曲線で描かれた棚田、そしてそこに放牧されている放牧牛。真下に広がる優美な日本海。 どれをとってもファインダー越しに、すばらしい魅力を語りかけてくれる。 今回の撮影で、やはり人間というのは、土からはなれては生きていけないのだな、という実感を思い起こさせてくれた。
棚田から見える海に、夕日がしずむ風景は、格別美しいらしい。 『そこまでは待てないよ』と思っていたら、棚田が夕日で輝きだした。
眩しくて、思わず空を見上げる。 一匹のトビが、空に円を描きながら飛んでいた。
最後、美奈子が見上げた空は、いったい何が描かれていたのだろうか。 そんなことに思いをはせながら、油谷の棚田をあとにした。  

A.miyoshi